Compass 様々な専門家が語る明日の針路。
頭足類の謎と不思議。
イカには利き眼があり、タコには9つの脳がある!?
頭足類の中でも、群れを成すツツイカ類の仲間は、個体ごとに何らかの役割をもちながら共同体のような集まりを築いているようだ。それは、私たち人間と同じように社会性があるということなのだろうか。また、体色変化によるコミュニケーションは、いわば視覚による仲間との対話だ。
大きな脳を持つ賢い海洋生物である彼らは、お互いにどんなシグナルを送り合っているのだろうか。謎と不思議に満ちた頭足類、イカ・タコに迫ってみた。

身近でありながら、不思議に満ちたイカ・タコ
日本人にとって馴染み深いイカやタコは、軟体動物に属し、頭足類に分類されている。殻を持たないイカやタコの姿はとてもユニークだが、同じ軟体動物に属する貝類など、ほかの海洋生物とは異なる多くの特徴を持っている。
例えば、強靭な筋肉組織に裏打ちされた遊泳力。スルメイカの大回遊などは、とても興味深い。また、発達した脳を持っていることも大きな特徴だ。体重比でみると、脊椎動物である魚類や爬虫類をしのぎ、鳥類や哺乳類並みのサイズの脳を持つものもいるようだ。
以前、イカ・タコの眼について教えてくれた琉球大学理学部海洋自然科学科教授の池田譲さんに、改めてイカ・タコの特徴について伺った。
「世界の海には、イカが約450種、タコが約250種いるとされています。ただ、深海には今はまだ新種として認定されていないイカやタコもいると思いますので、おそらく合わせて1,000種類くらいはいるかもしれません。私が研究フィールドにしている沖縄の海にも、分かっているだけで16種類のタコがいます」
イカの10本、タコの8本。それは「足」ではなく「腕」

ご存じのように、イカは足が10本。タコは8本の“足”を持つように見える。
「生物学的には足ではなく腕です。分類名が頭足類なので足だと思っている方もいるのですが、機能的には足ではなく腕なのです。イカの場合、ベースとなる8本の腕に加えて2本の長い触腕があります。では、なぜ触腕を持っているのか。おそらく、イカが海中を泳いで餌を捕まえることに関係していると思います。2本の触腕をまるでマジックハンドのようにビュンと伸ばすことで、泳ぎながら餌を捕まえやすいのです。対してタコは、海底で過ごす時間が長い底生生物です。海底を這って餌を捕まえるため、イカのような長い触腕は必ずしも必要ありません。その代わり、腕の吸盤を吸着するだけでなく、触覚や味覚も感じる感覚器としても発達させました」
では、本数についてはどうだろう。
イカは10本、タコは8本、そんなに多くの腕が必要なのだろうか?
「足でも腕でもなく、指と考えるとイメージしやすいかもしれません。私たち人間は5本の指を使ってものを掴みますよね。指は両手合わせて10本あります。機能的にはそれとよく似ています。例えばタコは、8本の腕を使ってものをつかもうとします。つまり、彼らの腕は私たちの手のひらと指に近いのです。そう考えると、イカに10本、タコに8本の腕があるのも不思議ではないと思えるのではないでしょうか」
アオリイカには「利き眼」がある?
以前、当コンテンツ「compass」で、イカやタコが皮膚を作る細胞から眼を作ったという驚きの事実を教えてくれた池田さん。実は、眼に関してはさらに興味深い研究があるという。池田さんはアオリイカを事例に、「左右差があるのです。利き眼があると言ってもいいでしょう。」と話す。
「視覚情報を処理する視葉という脳領域があるのですが、これは左右で独立しています。そして、視葉の容量に左右差があることを見つけました」
池田さんの研究チームが実際に調べてみると、アオリイカが捕食対象を見るとき、体の向きを変える個体がいたという。同じアオリイカでも、個体ごとに見やすい眼で対象を見ているのだろう。もちろん、両眼を同じように使う個体もいる。ただ利き眼を持つ個体がいるのは確かだという。
群れが生み出す「超個体視覚」という仮説
「頭足類の中には、アオリイカやヤリイカのように群れを作る種がいます。群れを形成する際に、個体ごとに利き眼を生かし位置取りをすることで、個体の視覚能力をしのぐ“超視覚”を持つ群れを形成することができるのではないかと考えています」
つまり、一つの群れの中に左眼が利き眼の個体、右眼が利き眼の個体、両方の眼をバランスよく使う個体が混ざっていると、群れ全体として死角がなくなり、全方位的に周囲を見ることができる。結果として、より強固な視覚を持つ群れになるというわけだ。この「超個体視覚」については、現在も研究が続いている。
イカの群れに社会性はあるのか
それぞれの個体の得意、つまり利き眼を生かして群れを作る。これは、アオリイカに集団で生きる社会性があることを意味するのではないか。そう思わせる話だが、池田さんは「共同体を作っているだけ」と言う。
「群れを作ってはいますが、リーダーがいるわけではなく、おそらく個々は自分のことだけを考えていると思います。同種に対する嗜好性はありますが、単独でいるよりも仲間と協力した方が、生き延びるために得られるものが大きいからこそ群れを作るのです。群れも永続的なものではなく、その時々の一過性のものだと思います。個の利益を追求していく結果、群れを作った方がいいと思えば群れに加わるだけ…。多くの場合、メンバーが固定されている私たちヒトの社会とは違うものなのでしょう」
ヒトの社会とは違うとは言え、集団になったときに自分がどう動けばいいかを把握しているプロ集団、例えるならオーケストラのようだと池田さんは言う。個体ごとの身体的特性、そしておそらく個性、つまり性格の違いまでも感じ取り、群れの中の自分のポジションを探っているのではないかと池田さんは考えている。
体色変化は、視覚によるコミュニケーション

「コミュニケーションは体色変化で行っていると思われます。彼らは縞模様や斑点模様を作るなど、体色や模様を変化させてさまざまなパターンを作ります。これはイカやタコに共通する、とても大きな特徴です。特にタコは体色変化によるカモフラージュが上手で、岩や砂地などの背景にすぐになじむことができます。カモフラージュだけではなく、同種内のコミュニケーションにも体色パターンを使っていると考えられています」
群れを作るアオリイカの場合、隣の個体に対して「少し近づきすぎている」といった、特有のシグナルを体色パターンで送り、コミュニケーションをしているのではないかと池田さんは考えている。
そうしたシグナルを受け取ることができるのは、イカやタコの眼が単レンズ眼という非常に精巧な眼であることが大きい。そして、眼から受け取った視覚情報をきちんと処理できる大きな脳を持っていることも、彼らに知性を感じる大きなポイントだ。
タコには9つの脳がある?

ちなみに、タコには9つの脳があると言われている。これは、具体的に脳が9つあるということではない。中央の脳のほかに、8本の腕の付け根にそれぞれ脳の働きに準じる神経があり、腕からの情報を中央の脳に届けるまでもなく、それぞれの腕で情報処理をしているのではないかという考え方である。
イカとは異なり、タコは腕を相当に細かく動かして触覚や味覚を受容する。そのため、頭の脳で情報処理するよりも、腕で素早く処理して判断した方が効率的なのだろう。
タコに9つの脳があるという考え方については、仮説の域を出ていないそうだが、タコがほかの生物にはない、とても興味深い生態であることは確かだ。
日本だからこそ進められる頭足類研究
イカやタコの生態については、いまだ分からないことが多い。ただ、日本人が頭足類であるイカ・タコの研究をすることには大きな意味があると池田さんは考えている。
「世界には、イカやタコのことを、複数の腕を持つ不気味な生き物だと思っている国もあります。しかし、日本人にとってイカやタコは身近な存在です。面白おかしくキャラクター化することも多い。つまり、日本人にとってイカやタコは、食べ物という概念を超えた文化的な存在とも言えるのではないでしょうか。このような背景が日本にあることは、イカやタコについて研究していく上で、とても大きなアドバンテージになっていると思います」
池田さんは、イカやタコの生態に関する研究は、日本が世界をリードしていく可能性があるとも考えている。
確かに日本人は、動物をキャラクター化して身近な存在として親しむ傾向があり、むしろ、対等に向き合っているとも言えるだろう。そうした気質が生物学の研究に少しでも役に立つとしたら、日本人としてはやはり嬉しく、楽しい話である。
謎に満ちたイカ・タコの未来へ
現在、池田さんの研究室ではさまざまな研究が進められている。
イカやタコは、なぜここまで脳を大きく進化させたのか?
体色変化によるコミュニケーションシグナルとは何か?
イカやタコは、果たして自己認識しているのか?
謎は尽きない。
温暖化などの影響で海洋環境は大きく変わりつつあり、イカやタコも例外なく影響を受けている可能性は高い。イカやタコには美味しく、そして親しみのあるキャラクターとして、私たち日本人の身近にいつまでもいてほしいと改めて強く感じた。
世界をリードする日本を発信源とした、イカ、タコの生態解明に大きく期待したいと思う取材であった。
ご参照
画像・資料提供:池田譲
取材編集:帆足泰子
- 池田譲(いけだ ゆずる)
- 琉球大学 理学部海洋自然科学科 教授。
頭足類の社会性とコミュニケーションについて研究している。
様々な専門家が語る、明日への針路。
環境の変化、学びのあり方、安全への意識、そして社会とのつながり――。
自然の中で親しむライフタイムスポーツの周囲には、私たちが今こそ向き合うべき大切なテーマが数多く存在します。
「Compass」では、教育・環境・安全・社会など、各分野の第一線で活躍される専門家の方々をお招きし、私たちの現在地とこれからの可能性を見つめ直しています。
人と自然が豊かに共生する未来を目指す、グローブライドの視点。
皆様にとって明日をより良く生きるための確かなヒントとなれば幸いです。









