Story

#039 小倉史也さん―ラケットが呼び戻す、あの頃の記憶。

2026.08.20

ラケットを握ると、あの頃の自分に戻れる。

ラケットを握った、その瞬間だった。
最初の数球こそ慎重だったが、ボールを打ち返すたびに、身体が少しずつ感覚を取り戻していく。
自然と前へ出る足、重心の移動、ラケットがボールを捉える感触。六年というブランクを感じさせないフォームに、スタッフからも思わず驚きの声が上がった。

今回、小倉史也さんが出演したPrinceのプロモーションムービーで描かれたのは、自信を持てない青年がラケットを握ることで、プロテニスプレーヤー・伊藤竜馬選手へと“変身”する物語だ。
けれど、その日コートで起きていた変化は、演出だけではなかった。撮影を終えた小倉さん自身もまた、ラケットを通して青春時代の自分と再会していたのである。

テニスとともに育った日々

父も母も兄もテニス経験者。家族全員がラケットを握る環境で育った小倉さんにとって、テニスは物心つく頃から生活の一部だった。
中学、高校では六年間テニス部に所属し、毎日のようにコートへ立った。現在のしなやかな動きを見ると、学生時代から活躍していたようにも思える。

しかし本人は照れ笑いを浮かべながら首を横に振る。
「全然ですよ・・・・なかなか結果が出ない中でも、少しずつランキングを上げていきました。負けるのは悔しかったですね。勝ちたい気持ちはずっとありました。」

実力よりも、悔しさの記憶のほうが鮮明に残っているという。特に印象深いのは兄とのラリーだった。
「兄が結構いやらしいプレーするんですよ(笑)。ずっとスライスで攻めてきて、ひたすら走らされるんです。悔しかったですね。でも、その悔しさがあったから、もっと上手くなりたいって思えた気がします。」


一方で試合になれば、また違う感情が待っていた。
「めちゃくちゃ緊張するタイプなんです。だから試合は正直あまり好きじゃなかったですね。動けなかったときなんかは母親から『全然足動いてないじゃん!』って言われて。」

そう笑って振り返る表情からは、勝敗だけではない、青春の時間が伝わってくる。
悔しさも、焦りも、照れくささも。そのときの感情とともに身体には刻まれている。勝ち負けや技術だけではなく、テニスをしていた頃の自分や、その時間そのものが、今も小倉さんの中に残っているのかもしれない。

プレースタイルにも、小倉さんらしさはよく表れていた。
「僕、待てないんですよ。相手のミスを待つより、自分から打ちにいきたいタイプで。『バチーン!』って決めるのがかっこいいと思ってたんです。そういう性格もあって、団体競技はちょっと苦手でした。自分のミスで誰かに迷惑をかけるのが怖かったので。
よく言われる話ですが、個人競技だからこそ、その人の性格やメンタルがプレーに映し出されるので。特に高校最後の大会の前なんて失恋までして、全然ボールが当たらなくなっちゃったりしましたし(笑)」

しみじみと語るその表情と、一つひとつ言葉を選ぶように紡がれる言葉。その奥には、思春期という多感な時期に、テニスという競技特有のプレッシャーや技術と真剣に向き合いながら、自分自身を育んできた時間の積み重ねが静かににじんでいた。

身体が覚えていた感覚

撮影前、小倉さんには少しだけ不安があったという。六年ぶりに握るラケット、本当に打てるのだろうか。しかし、その不安は一球目で消えた。
「正直、ちゃんと打てるかなって思ってました。でも、一球打った瞬間に『ああ、この感覚だ』って思ったんです。高校生の頃みたいな体力や技術はないんですけど、ボールを打つ感覚だけは身体がちゃんと覚えていて。本当に懐かしかったですね。」
頭では忘れたと思っていたものを、身体は静かに覚え続けていた。ラケットから伝わる衝撃。自然と前へ出る足。身体が先に反応し、記憶があとから追いかけてくる。撮影の合間にも休憩せずプレーに熱中する姿があった。

「撮影を通して、『またテニスをやりたいな』って素直に思いました。」
ラケットを握ると、身体が覚えていた感覚がよみがえる。
六年ぶりのテニスは、小倉さんにとって、忘れていた感覚や「あの頃の自分」を思い起す時間にもなったようだ。

道具が、人を変える

今回のPVで描かれたテーマは「変身」だった。ラケットを握ることで青年はプロテニスプレーヤーへと姿を変える。その演出について尋ねると、小倉さんは、俳優ならではの視点から答えてくれた。
「僕、役に入るのは結構早い方なんです。自分で言うのもなんですけど、想像力が豊かで(笑)。ラケットを持ったり、コートに立ったりすると、それだけでスイッチが入るんですよね。場所とか道具って、僕にとってはすごく大きな存在なんです。」

役に入るときも、ラケットを握ったときも、頭で考えるより先に身体が反応する。道具に触れ、その場所に立つことで、そこにある世界へと自然に入り込んでいく。
演技もスポーツも、まずは身体が動く。そこから感情が生まれ、その世界へ入り込んでいく。
だからこそ、小倉さんにとってのラケットは単なる道具ではない。かつての記憶と今の自分をつなぐスイッチなのだ。

俳優として、広がっていく表現

大学卒業後に俳優業へ本格復帰した小倉さんは、数々のCMや映像作品へ出演。2025年にはCM出演社数ランキングで男性俳優4位にもランクインした。一部では“隠れCMキング”とも呼ばれている。その評価について尋ねると、本人はどこか客観的に受け止めていた。
「嬉しいです。でもちょっと怖いですね。」

転機になったのは、ナイキと新しい学校のリーダーズが共演した映像作品だった。
「そこから色々な方に見てもらえるようになった気がします」

最近では朝ドラをはじめ、多くの作品にも出演している。俳優として活動する中で、自分自身にどんな変化を感じているのかを聞くと、少し考えながら答えてくれた。
「役の幅と想像力の幅は広がっていると思います。まだまだ足りないですし、もっと深みが欲しいです。」

そう謙虚に話す姿勢の一方で、さまざまな役をこなす器用さと着実に積み重ねてきた実績もある。
ラケットを握ることで身体の感覚を呼び戻し、役に入ることで、その人物の世界へ入り込んでいく。

今回の撮影で見せた、ラケットを手にした瞬間の自然な切り替え。そこには、これまでさまざまな役を演じてきた小倉さんならではの感覚があった。
俳優として活動の幅を広げる今、小倉さん自身はどんな変化を感じているのだろう。

スポーツがつないでくれるもの

俳優として順調に歩みを続ける今も、テニスは小倉さんにとって特別な存在であり続けているようだ。
では、今の小倉さんにとって、テニスとは何なのだろう。少し考えたあと、こんな言葉が返ってきた。

「仲間ですね。やっぱり一番は人とのつながりだと思っていて。同じスポーツをやっていた仲間って、何年会ってなくても久しぶりな感じがしないんですよ。またラケットを握れば、すぐあの頃に戻れる気がします。」

今回の撮影では、俳優として役に入る感覚と、ラケットを握った瞬間に身体によみがえる感覚が、どこか似ていることに気づいた。どちらも、頭で考えるより先に身体が反応し、その世界へ入り込んでいく。そしてラケットを握ると、あの頃をともに過ごした人たちの記憶もよみがえる。

テニスは、俳優・小倉史也にとって、いつでも「あの頃」の自分に帰ることのできる場所なのかもしれない。


■プロフィール|小倉史也

埼玉県出身、1997年6月10日生まれ。
子役から俳優活動をスタートし、映画『20世紀少年』では幼少期のヨシツネ役を務める。
大学進学を機に一度俳優業を休止し、ヒップホップダンスに打ち込んだ。
2021年に俳優業を再開。ダンスの経験を活かし、2022年4月公開のCM「Welcome to Nike Juku│NIKE塾 Ft.『Woo!Go!』by 新しい学校のリーダーズ」では、オーディションでメイン学生役を務めた。
6年間続けたテニスのほか、ヒップホップダンス、剣道、水泳などの経験を持ち、映画、ドラマ、CMと活躍の場を広げている。



Storyとは「ライフタイムスポーツを楽しむ人たちの物語」

私には私の、あなたにはあなたの。スポーツの楽しみ方は人それぞれ。
⾃然の中で⾝体を動かすライフタイムスポーツを楽しみながら、人生を彩り豊かに過ごしている方は活力があり、魅力にあふれています。 その方たちは決してプロばかりではありません。
このコンテンツ「Story」では様々な楽しみ方で、自然とスポーツとともに日々を過ごしている人たちを取材し、ライフタイムスポーツの魅力とは何かをコンテンツを通して皆さんと一緒に感じていきたいと思っています。