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日本発ブルーカーボンプロジェクト3年目の飛躍
海草(うみくさ)のCO2吸収・貯留力調査に挑む

2026.09.25

日本各地の沿岸域で海洋調査を展開する「Tara JAMBIOブルーカーボンプロジェクト」が、2026年4月より3年目の調査を開始した。過去2年間は「海藻(藻類/かいそう)」)」を対象に二酸化炭素の吸収・貯留力を調査してきたが、今年度からは新たに「海草(種子植物/うみくさ)」へと対象を広げ、さらなる実態解明へ挑む。本レポートでは、今年度2番目の調査地である青森県の「東北大学 浅虫海洋生物学教育研究センター」を訪問。最前線で行われている実際の調査活動の模様をレポートする。
※海藻(かいそう)と海草(うみくさ/かいそう)は、混同を防ぐため海草を「うみくさ」と呼んで区別する場合もあります。

持続可能な海洋を目指す、4カ年の大規模共同プロジェクト

2024年のプロジェクト発足以来、私たちが取材を続けてきている「Tara JAMBIOブルーカーボンプロジェクト」が、今年度の調査活動を開始した。同プロジェクトは、フランスの海洋特化型公益財団法人タラ オセアンの日本支部「タラ オセアン ジャパン」と、国内の大学付属臨海実験施設のネットワークである「マリンバイオ共同推進機構(JAMBIO)」による共同プロジェクトである。日本全国の沿岸域を対象に、約4カ年をかけてブルーカーボンの実態を明かす大規模な海洋研究プロジェクトに位置づけられる。過去2年間は「海藻」を対象とした調査を実施してきたが、今年度からは新たに「海草」へと対象を広げて調査を進める計画である。今年度の調査は、国内全3カ所の沿岸域で予定されている。

プロジェクトリーダーを務める広島大学 瀬戸内カーボンニュートラル国際共同研究センター(ブルーイノベーション部門)の教授・和田茂樹さんによると、今年度の進捗について次のように手応えを語っている。
「日本の沿岸域で行うブルーカーボンの調査・研究も3年目を迎えました。昨年度までの調査は海藻を対象としていましたが、今年度より海草を対象に3カ所の沿岸域で調査を行うことにしています。今回も多くの研究者が参加してくれています」

今年の調査は、日本の豊かな海洋生態系を網羅するため、以下の国内3拠点を中心に実施される。
・ 長崎大学 環東シナ海環境資源研究センター(大村湾)
・ 東北大学 浅虫海洋生物学教育研究センター(陸奥湾)
・ 北海道大学 北方生物圏フィールド科学センター厚岸臨海実験所(厚岸湾)

今回の調査拠点「東北大学 浅虫海洋生物学教育研究センター」の目の前には陸奥湾が広がっている。

似て非なる海洋生態系を支える「海藻」と「海草」

センター近くのアマモの様子。比較的良い状態で繁茂していた。〔写真〕Manabu Ooue
今回の調査で対象が広がった「海藻」と「海草」。どちらも同じ「かいそう」という音を持ち、海洋生態系や地球環境の維持において極めて重要な役割を果たすが、その分類や生態はまったく異なる2つのグループに区分される。
一般に広く知られる「海藻(かいそう)」は、海に生育する「藻類」に属し、胞子によって繁殖する。植物のような根・茎・葉の明確な区別を持たず、必要な栄養分は体全体から吸収するのが特徴だ。主に岩場に固着して生育し、食卓でも馴染み深いコンブやワカメ、ヒジキなどがこれに該当する。
一方の「海草(うみくさ・かいそう)」は、花を咲かせ、種子(タネ)を作って増える「種子植物」である。陸上の植物と同様に、根・茎・葉の区別が明確にある。進化の過程において、一度は陸上の環境に適応した植物が、再び海中で生きるよう適応を遂げたというユニークな歴史を持つ。そのため、多くの海草は浅場の砂地や泥地にしっかりと根を張り、文字通り「海の草(草原)」として生育する。日本沿岸ではアマモがその代表例だ。一見すると似た海中植物のように思われるが、「海藻」と「海草」は根本的に異なる生命の歴史と構造を持っている。この全く異なる2つの生態系それぞれを正しく評価するためでもある。

豊かなアマモ場が広がる陸奥湾へ

今回の取材では、豊かなアマモ場が広がる陸奥湾、本州最北の拠点となる今年度2番目の調査地となった青森県浅虫の「東北大学 浅虫海洋生物学教育研究センター」を訪問した。同センターは本州最北端に位置する陸奥湾に面しており、国内の海洋生物学研究および教育において極めて重要な拠点である。この陸奥湾は、西側を津軽半島、東側を下北半島に挟まれた、比較的穏やかな内湾だ。この特殊な地形によって湾内には豊かな「アマモ場(海草の草原)」が形成されており、多様な生態調査を進める上で絶好の環境となっている。今回の調査にあたり、研究チームはセンターから船でアマモ場の広がるポイントへと向かった。

天候を乗り越え、本格始動したフィールドワーク

現地での調査は2026年6月22日よりスタートした。初日はあいにくの天候不良に見舞われたものの、翌23日からは天候が回復し、本格的な調査が始まった。最初のミッションは、すべての分析の基礎データとなるアマモの採取である。午前中、プロジェクトリーダーの和田茂樹教授をはじめとする研究員たちが船で調査対象のアマモ場へ移動し、次々と潜水を開始。直径約15センチメートルの円形の枠を基準(1採取面積)とし、数メートル間隔で枠内に生育するアマモを計8カ所ほど手際よく採取していった。

ブルーカーボンの鍵を握る「コア採取」

午後になると、研究チームは役割ごとに分かれて効率的に作業を進めた。一方は午前中に採集したアマモを分析用に整理・分類する陸上チーム。もう一方は、再び海へと繰り出し「コア(Core)」を採取する海上チームである。海洋研究における「コア」とは、海底の堆積物や地層を円柱状にくり抜いたサンプルのことだ。先述の通り、海草は岩場ではなく砂泥地に深く根を張って生育する。そのため、海草が光合成によって吸収した二酸化炭素の一部は、枯死(こし)した後に砂泥の中へと埋没し、数百年から数千年もの長期間にわたって隔離・貯留されると考えられている。つまり、アマモ場の海底からコアを抜き取る作業は、過去から現在に至るまでにどれほどの炭素が海の底に蓄積されてきたかを科学的に証明するための、ブルーカーボン調査における最も重要なプロセスなのである。

「海藻も海草も二酸化炭素の吸収・貯留力を調査する項目には共通する部分がたくさんあります。ただ海草を対象としたブルーカーボン調査においては、コア採取がとても重要な項目となります。今回は50cmの細長いパイプ型の器具を海底に突き刺し、砂泥の中の堆積物を層状に採取しました。採取した砂泥はその構造をCTスキャナで解析したり、凍結後にスライスして元素組成や同位体解析を行ったりします。アマモ場があることで、何がどれくらいの時間をかけて堆積しているのかを知ることができるのです。全国のアマモ場でコア調査を行えば、日本のアマモ場の二酸化炭素吸収・貯留力の平均値を出すことができます。これはブルーカーボン研究において、大変貴重なデータになると考えています」

潜水調査の様子。海藻も海草も調査項目に共通点が多い。海藻を調査してきたこれまでの2年間の経験を活かし、海草の調査も手際よく進めていく。〔写真〕Manabu Ooue
採取したコア。海草を対象とした今回の調査において、コア採取はとても重要な項目だ。

研究を支える、ラボでの緻密な仕分け作業

海上チームがアマモ場でコア採取の潜水作業を進めている間、浅虫海洋生物学教育研究センターの施設内では、もう一つのチームによる「陸上作業」が同時並行で行われていた。ここでは、午前中に採取されたアマモの整理と、分析に向けた細かな仕分け作業が進められる。集められたアマモは、葉、根、そして付着した泥などに手際よく分解されていく。一見するとシンプルな作業だが、そこには徹底した科学的アプローチが求められる。
例えばアマモの葉の処理では、表面に付着している微細な生物や藻類をスライドグラス(顕微鏡用のガラス板)を使って丁寧にこそぎ落とす。その後、海水できれいに洗浄するが、この洗浄に使用した海水も無駄にはしない。海水中に含まれる有機物や成分を調べるため、すべて濾過(ろか)を行って分析用サンプルとして厳重に保管。残ったアマモの葉本体は、鮮度を保ったまま迅速に冷凍保存される。
こうして現地で丁寧に整理・最適化された採取サンプルは、分析を担当する国内外の数多くの専門研究機関へと発送される。目の前の地道な手作業の一つひとつが、研究者たちを結び、ブルーカーボンを解き明かすための一歩となっているのだ。

スライドグラスを使ってアマモの葉の上についた微細な生物や藻をこそぎ落とす。
アマモの根の部分は水で洗い砂泥を落とす。
砂泥とともに洗い落とされた生物をすべて集めて、エタノールで保存。分析にまわす。

アマモ場が育む、豊かな「生物多様性」の世界

今回の調査に参加した一人である海洋研究開発機構(JAMSTEC)海洋生物デジタルツイン研究開発グループの百田恭輔さんは、採取されたアマモや泥のサンプルについて、「ここからアマモ場に築かれた豊かな生態系を垣間見ることができる」と、その重要性を語っている。
「アマモに付着したり、アマモが生えている底泥などに棲む生物を分析したり、アマモ場の生物多様性を調べていく予定です。アマモ場には葉上や砂泥の中にヨコエビなど小型甲殻類や巻貝などがいます。アマモの葉には藻類が付着するのですが、それを小型甲殻類や巻貝などの小型の生き物が食べ、さらにこれらを小型の魚が食べるのです。アマモ場はいろいろな生物が集まり共存し、生態系を築いています。アマモ場の生態系を調べることで、海草であるアマモが海洋環境にどのように役立っているかが分かるのです」

専門領域を超え、研究が共鳴する「分野横断」

生態系の研究とブルーカーボンの研究・・・。一見すると別々の研究アプローチのようにも思えるが、現地で採取された限られたアマモのサンプルを多様な海洋研究へと役立て、マルチに活用していくことこそが本プロジェクトの醍醐味である。百田さんは「それぞれの専門領域が合流することで、相乗的に各研究へ良い効果をもたらす」と期待を寄せる。百田さん同様、今回の青森・浅虫での調査に参加した東京大学大学院新領域創成科学研究科(国際協力学専攻)の助教・伊藤美菜子さんも、さまざまな研究者が参加し分野横断的に研究できる環境がこのプロジェクトの魅力だと感じている。
「このプロジェクトには海洋研究に関わる多くの研究者が参加しています。ブルーカーボンの調査がメインではありますが、例えば採取したアマモを多様な研究者が多様な視点で研究することで、1つの研究では分からなかったことが、他の研究から説明がつくこともあるのです。そこがこのプロジェクトの大きな魅力です」

アマモの葉の表面に付いている微細な生物や藻などをこそぎ落とした海水を濾過。
濾過した際のフィルターは分析用に保管する。

海水温上昇がもたらす変化を遺伝子レベルで

分野横断が生み出すシナジーに期待を寄せる伊藤さんだが、ご自身がメインテーマとして掲げるのは「海草の遺伝的多様性」の研究であり、近年の海水温上昇に影響を受けるアマモの変化に着目している。
「アマモは地下茎から新しい葉と根を出して株を増やすクローン繁殖と花を咲かせて種子を作る有性生殖と2つの繁殖方法を持っています。一般的には生育する環境がアマモにとって快適なものであればクローン繁殖して分布面積を増やしていき、ストレスのある環境であれば花を咲かせ種子を作り、種子を海流に乗せ生育地を変えると考えられています。種類にもよりますが、アマモの生育に適した海水温の上限は28℃程度。近年の日本近海の海水温は上昇傾向にあり、夏季には30℃を超える海面水温が観測されるようになってきました。そのため日本の沿岸域のアマモが北方に生育地を移動させていくと同時に、花を咲かせ種子を作るアマモの比率も高まっていくのではないかと研究を進めているところです」

10人程度乗船可能な船で調査ポイントに向かい船上から採水や採泥調査などを行う。いくつかの調査項目は潜水での作業となる。

緻密な立体観測:水深で位置を変える採水とCTD調査

調査3日目となる6月24日(水)は、朝9時からフィールドワークがスタートした。午前中は、浅場のアマモ場から約1キロメートル沖合にかけてのエリアを網羅する「採水調査」が実施された。採水器で採水する海中の位置は、その場所の水深によって異なる。比較的水深が浅いアマモ場では、海面から海底までの距離のおおよそ4分の1上部位置(水深4メートルの場合は水深3mの位置)で計測。水深20mを超える沖での計測は、海底から5mほど上部で採水する。採水した海水は、船上で環境DNA分析用にボトル詰め。一部は海中に含有されるメタンと全炭酸の分析用に小瓶に詰めた。
この採水と同時に行われたのが「CTD調査」である。これは、塩分(Conductivity)、水温(Temperature)、圧力・深度(Depth)を瞬時に計測できる専用のセンサー機器を海中へ投入する観測手法だ。これにより、海水を採取した場所がどのような特性(物理的環境)を持っているのかを立体的に解析することが可能となる。この日、午前中約3時間に及んだ午前の船上調査では、海洋10カ所、そして海へと流れ込む河川の下流域1カ所の、計11ポイントでデータが収集された。

筒状の採水器を海中に沈め採水を行う。
採水後は船上でボトルに詰める。
採取した海水をメタンと全炭酸(水中に存在する炭酸・炭酸水素イオン・炭酸イオンの合計量)の分析用に小瓶に詰める。詰める際には空気を含まないように細いチューブを使う。

海の底に眠る炭素を追う「採泥調査」

午後、研究チームは再び役割を分担して、別チームが施設内で午前中に採取した海水を分析用に手際よく整理し、海上チームは再び船で海洋へ進出。今度はさらに沖合へと向かい「採泥(さいでい)調査」を行った。海底の泥を採取するこの作業は、ブルーカーボン研究において極めて重要な意味を持つ。浅場のアマモ場(海草)が寿命を迎えて枯れた後、その一部は波や潮流に乗って沖合へと流され、遥か深い海底へと沈んでいく。もし、アマモ場から離れた泥の底にその残骸が堆積していれば、「二酸化炭素が長期的に隔離・貯留されている」という新たな証明に繋がるからだ。

CTD調査の様子。観測機器を海中に入れセンサーで測る。

未来の地球を救うデータへ、地道な作業が紡ぐ「世界初の挑戦」

今回の青森・浅虫における調査は1週間のスケジュールで実施された。滞在期間中は毎日のように、早朝からのサンプル採取と、夜遅くまで続くラボでの仕分け・整理が繰り返された。幸いにも天候に恵まれ、予定されたプログラムは順調に進捗した。しかし、現場を網羅する調査項目は膨大だ。分析用のサンプリングも、その後の緻密な整理も、想像以上の時間と手間、そして何よりも極めて根気を要する作業であることが今回の取材を通じて強く感じることとになった。印象的だったのは、プロジェクトに結集した海洋研究者や技術職員、そして和田教授の研究室に所属する学生たちが、自らに割り当てられた役割を一つひとつ妥協なく、丁寧に遂行していた姿勢だ。プロジェクトリーダーである和田教授は、この地道なフィールドワークをこう振り返っている。
「このプロジェクトは異なる沿岸域を数多く調査し、海藻や海草を対象にしたブルーカーボンの平均的な値と海域ごとの変動の理由を探ることを目的としています。なぜなら1〜2箇所だけのデータでは、藻場が持つ二酸化炭素吸収・隔離の本当の力が分からないからです。平均的な値を得ることで、沿岸域の海藻や海草が地球環境に与えるインパクトを一般論として論じることができます。細かい作業が多く大変ですが、世界でまだ誰もやったことがない大規模調査です。必ず地球の未来に役立つ結果を得られると信じています」

北の海へ、日本発のプロジェクトは続く。

次なる調査拠点となる北海道・厚岸(あっけし)でのフィールドワークが7月に実施され、これをもって今年度の調査は一区切りとなる。すべての調査が完了した際には、再び和田教授にインタビューを行い、得られた成果をお聞きする予定だ。地球規模の気候変動に挑む日本発の壮大な海洋プロジェクト。私たちはその地道な調査研究の軌跡を、これからも最前線で追い続けていきたい。

画像提供:和田茂樹、タラ オセアン ジャパン
取材編集・撮影:帆足泰子



和田茂樹(わだ しげき)
広島大学 生物生産学部 教授。瀬戸内海の環境保全やカーボンニュートラルの実現に向けた広島大学の研究拠点「瀬戸内カーボンニュートラル国際共同研究センター」ブルーイノベーション部門の部門長も務める。フィールドワークとラボワークを組み合わせ、海洋生物と海を取り巻く環境の相互作用を研究している。