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プランクトンがつくりだす栄養たっぷり海のスープ
~ディスカバーブルー水井涼太さんが教える海の学び②~

2023.06.02

食物連鎖の最初、いわゆる底辺に位置しすべての生態系を支えているプランクトン。特に海で生きるプランクトンの役割は大きく、生態系はもちろんのこと、地球環境にも大きな影響を及ぼしているという。そんな大切な存在であるにもかかわらず、おそらく多くの人は小学校の理科で習った「水中の小さな生き物」「生態系を支えている」という説明以外の知識を持っていないのではないだろうか。
そこで、特定非営利法人ディスカバーブルーの水井涼太さんにユニークで奥深い海のプランクトンについて教えていただく。プランクトンを知ることは生態系を知ることであり、地球環境を考えることにもつながる。まずはプランクトンの生態を知ることから始めたい。

顕微鏡で見たプランクトンの様子。

プランクトンとは、水中を浮遊する生き物の総称だ。自力で泳ぐ力が乏しく、水中を漂って生活する。湖や水田にもプランクトンはいるが、地球表面の70%が海洋であることを考えると、量も種類もそのほとんどが海に生息しているといえる。プランクトンといえば淡水に暮らすミカヅキモやミジンコの名前を思い浮かべる人は多いと思うが、そもそもプランクトンには植物プランクトンと動物プランクトンの2種類がある。ミカヅキモは植物プランクトン、ミジンコは動物プランクトンだ。植物プランクトンは光合成をして分裂することで増えていき、その植物プランクトンを動物プランクトンが食べる。そして動物プランクトンを小さな魚が食べ、その小さな魚を大きな魚が食べるというように、食物連鎖は植物プランクトンから始まっているのだ。
特定非営利活動法人ディスカバーブルーの水井さんがプランクトンの生態について教えてくれた。
「海の生き物は生活の仕方によって大きく3つに分けられます。遊泳力が弱く海中を漂いながら生活するプランクトン(浮遊生物)、流れに逆らい泳ぐことができるネクトン(遊泳生物)、移動能力の有無に関わらず海底で生活するベントス(底生生物)です。プランクトンは顕微鏡でしか見えない小さな生き物というイメージが強いですが、大きさで分類されているわけではありません。実は海中を浮遊するクラゲもプランクトンなのです。ネクトンには魚類やイルカなどの鯨類、ウミガメやイカなどが含まれます。ベントスにはカニやナマコ、貝やサンゴなどが属しますが、ベントスの多くは幼生期をプランクトンとして過ごします。、他のプランクトンと一緒に海中を漂っているのです。私が活動するディスカバーブルーでは相模湾のプランクトンを採取して観察するプログラムを実施していますが、夏場は植物プランクトンと動物プランクトンに混じってベントスの子どもたちもたくさんいるので、顕微鏡を覗くと、わずか数滴の海水の中に多様なプランクトンの姿を見ることができます。自分が採取した海水の中に広がるプランクトンの世界に感動する人は多いですね」と、水井さん(特定非営利活動法人ディスカバーブルー)がプランクトンの生態について教えてくれた。

主に植物プランクトンの様子。植物プランクトンの中では珪藻類が種類も多く、形も多様だ。
主に動物プランクトンの様子。動物プランクトンの中ではカイアシ類が種類も量も多い。

植物プランクトンは光合成をするために日光が届く海面表層を漂っている。海中に沈まず浮遊できるよう平べったい形だったり、細長い針状だったり、水の抵抗を受けやすい姿のものが多いそうだ。種類によっては毛が生えていてゆっくりと動かしているものもあるらしい。植物プランクトンは季節や栄養などの環境条件が整うと光合成によって膨大な有機物を生産する。この無尽蔵な植物プランクトンをエサにして動物プランクトンが増えていくのだが、生物学的には植物プランクトンと動物プランクトンの両方が「生産者」の役割を担っている。陸では光合成をして直接的・間接的に動物たちを養う植物が「生産者」と位置付けられるが、海では植物プランクトンが1次生産者、動物プランクトンが2次生産者と位置付けられると水井さんが教えてくれた。
「植物プランクトンは小さく、さらにガラス質を含むので食べても消化しづらいため、多くの生き物は植物プランクトンを食べずに動物プランクトンを食べます。ジンベイザメやシロナガスクジラが海水からプランクトンを濾し食べているイメージを持っている人も多いと思いますが、あれは動物プランクトンを食べているのです。植物プランクトンも一緒に飲み込んではいますが、消化されずに排出されます。マグロなどの大型の魚は小さな魚を食べますが、稚魚の頃には動物プランクトンを食べます。つまり海で暮らすほとんどの生き物はプランクトンがいなければ生きていけません。植物プランクトンが生産した栄養は動物プランクトンを経て、海の生態系を支えているのです。動物プランクトンを2次生産者と呼ぶのは、動物プランクトンが植物プランクトンを摂餌することで、他の海の生き物が摂取できる栄養を生産しているという意味なのです」と説明する水井さん。

動物プランクトンの中には、幼生期(子どもの時)だけ動物プランクトンとして浮遊して暮らす生き物がいる。出典:ディスカバブルー「プランクトン観察」資料
釣りのエサとして利用されることが多いゴカイも幼生期はプランクトンとして過ごす。
出典:ディスカバブルー「プランクトン観察」資料

まさにプランクトンは私たちの命を支える大切な存在であることがわかる。種類や量については正確には解明されていないが、その多様なデザイン(姿)は見ていて飽きがこないし、生態もまた、ユニークで興味深い。
「春から夏にかけて植物プランクトンが増えるのですが、日差しが強すぎても逆に増えません。真夏は海面表層を避けて数センチメートル~数十センチメートル下を漂うようことがあります。紫外線を避けながら光合成ができる絶妙な深さを探り、漂うのです。植物プランクトンがいない澄んだ海水層の下に植物プランクトンがいる濁った海水層ができるという、とても不思議な光景が広がります。動物プランクトンもなかなか工夫を凝らした生態を持つものがいます。動物プランクトンは海面表層を漂う植物プランクトンを食べていますが、日中は太陽光が上から当たるので自分の影ができてしまい、その影を下から見られて魚に狙われやすいのです。故にそのために日中は海中や海底で静かに過ごし、夜に活発に動く動物プランクトンもたくさんいます。プランクトンは顕微鏡を覗かないと見えないような小さなものが多いため関心を持つ人は少ないのですが、知れば知るほど興味を掻き立てるユニークな生き物なのです」

相模湾真鶴の冬の海の様子。プランクトンの量が少なく海水は澄んで見える。
出典:ディスカバブルー「プランクトン観察」資料
相模湾の春~夏の海の様子。プランクトンが非常に増え、濁って見える。この濁りは海が汚れているのではなく、生命に溢れている証拠なのだ。
出典:ディスカバブルー「プランクトン観察」資料

水井さんが活動拠点としている相模湾では、春から秋にかけてプランクトンが増える。特に春先は「春にごり」と呼ばれ、特に海が濁る時期がある。プランクトンについて何も知らなければ海が汚れていると感じるかも知れないが、この濁った海水こそ生命あふれる海の姿なのだと水井さんは語る。
「春濁りは相模湾に春の訪れを告げ、海の生き物が活発に動き始める合図となります。植物プランクトンで種類も量も多いのは珪藻類、動物プランクトンではカイアシ類ですが、相模湾ではカイアシ類だけでも400種類以上いるといわれています。相模湾は魚種が豊富な豊かな海ですが、相模湾の生態を支えているのはまさに豊富なプランクトンなのです。海中には貝やゴカイ、カニやフジツボなどさまざまなベントス(底生生物)の幼生、クラゲや遊泳性の貝類(クリオネに近い仲間)など、数えきれないほどの生き物がプランクトンとして混在し浮遊しています。プランクトンは同じ場所にとどまることはなく、季節や潮の流れによって種類が入れ替わり、同じ場所でも翌日にはプランクトンの組成が全く違っていることもしばしばです」と水井さんは語る。

水井さんは海を「スープ」に例える。プランクトンという栄養たっぷりのスープの中でさまざまな生き物が暮らしているという考え方だ。このスープを上質な状態に保つことが生態系を守るために大切なのだが、近年は海洋酸性化やプラスチック汚染などによって海に異変が出始めている。気候変動による影響も深刻だ。
そこで、次回は、環境問題の視点からプランクトンについて考えてみたい。

水井涼太さん
特定非営利活動法人ディスカバーブルー代表理事。博士(環境学)、専門は海洋生物学。
「Life with the Ocean ~いつまでもこの海と暮らしていくために~」を理念とし、新しい持続可能な「人」と「海」との関係構築を目指して活動する。海を「守るべき遠くの何か」ではなく、「自分たちのもの」として大切にしていく価値観を広めていきたいと考えている。

画像提供:特定非営利活動法人ディスカバーブルー

取材編集:帆足泰子

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