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「江戸前ハゼ釣り」とSDGsの深く気になる関係

2022.10.20

江戸時代から大衆に親しまれてきた東京湾沿岸や下町に広がる幾多の水路を釣り場とする「ハゼ釣り」。この東京の街を知る東京新聞では令和4年9月、SDGsの取り組みの一環として東京湾の環境の変化を考えてもらうことをテーマにハゼ釣り教室を開催した。
なぜSDGsを背景としたイベント企画に「ハゼ釣り」が選ばれたのか。そのユニークな着想について、東京新聞SDGs推進チームリーダーの早川由紀美さん、発案者の森田浩孝さん、お二人にイベント企画から実施までの模様を聞いた。

ハゼと環境の深い関係

「ハゼって、かわいい!」
「なんだか、おにぎりみたいな顔してるね」
東京を代表するランドマークとして多くの人たちで賑わう東京都墨田区のスカイツリー、その直下を流れる北十間川を釣り場に参加された小学生から次々とユニークな声が上がった。9月25日に行われた「東京新聞SDGsアクション!ハゼ釣り教室」での一幕だ。
ハゼ釣りとSDGs、一見すると関係がないように思われるが、なぜこの2つを結びつけイベントを企画したのか……。

「ご想像通り、発案者が釣り好きなんですよ」と東京新聞SDGs推進チームリーダーの早川由紀美さんは笑う。
ハゼをはじめ、タナゴや手長エビなど“江戸前の釣り”のなかでも、ハゼ釣りはその生態から水環境を知るのには適した生物だと言われている。1年で成魚になる過程で、卵からふ化した稚魚は河川から運ばれてきた土砂によってできた洲や、下町に広がった水運のための掘割(ほりわり)などの水路などの浅瀬に入って成長する魚。しかし、日本経済の高度成長とともに干潟は埋め立てられ、大きな船舶を通すため浅瀬は深く浚渫(しゅんせつ)されるなど、ハゼの棲息域が減少してきた。決して泳ぎが得意ではなく底を這うように動くハゼにとって、水中に溶ける酸素の量の影響などを強く受けるため、水質変化による貧酸素化によっても生息そのものが難しくなる。温暖化による水温上昇によってエサとなる動植物にも変化があり、温暖化による豪雨や勢力が衰えることなく来襲する台風などにもハゼの棲息域の環境、決して棲みやすい状況とは言えない現実となっている。

「竿を伝うピクピクとした動き、釣れたハゼを握ったときの感覚、こういった肌で感じられたことがゆくゆく、子どもたちがSDGsを考えるきっかけになってくれるといいなと思います。この釣れたハゼは何を食べているのか、どんなところが棲みやすいのか……。まず、興味が湧かないと知ろうという気にもなりません、もちろん理解もできないのですから」(早川さん)

東京下町が舞台、東京新聞らしいSDGs

東京新聞では、もちろん紙面でも貧困、平和、環境問題・・・などSDGsに関連する課題に切り込み、記事として発信し続けてきた。記事にすることだけではなく、これまで培ってきた「情報をつなぐ力」「人をつなぐ力」を活用し、何かできないかを考える座組みとして、令和4年4月に発足したのがSDGs推進チームだ。

環境問題に切り込む記者をはじめ、経済部、社会部、広告部門、技術部門などそれぞれのエキスパート凡そ20人が集まり知恵を出す。今回のハゼ釣り教室のアイデアは、チームメンバーの一人で釣りを愛好する森田浩孝さんが「自分が好きなハゼを、子どもたちの学びの素材にして欲しい」と考え、チーム発足の会合で起案した。

「最初、このプランを聞いたときは釣りを知らない多くのメンバーが“なぜ、ハゼ?”という感じだったと思います(笑)。それがハゼと東京湾の歴史や文化を知るうちに、東京新聞らしいSDGsの取り組みのフックになると気づいたんです」(早川さん)

首都圏・東京の地元紙として“東京の街”に密着したニュース、生活や文化情報を発信し続けている東京新聞。SDGsの教材として選んだ場所も東京の街だった。特に浅草・雷門近くには、下町の変遷を見守り、歴史を記録し続ける「したまち支局」もある。内閣府に「SDGs未来都市」と認定された東京都墨田区の後援を受け、東京のシンボルであるスカイツリーの真下で、東京湾沿岸を代表する魚であるハゼを題材に「ハゼ釣り教室」を実施することになったのは自然な流れだった。そして、参加される方々の釣竿はダイワ(グローブライド)より物品提供された。

想定外だった「ハゼ釣り」の気づき

ハゼ釣り教室に参加した小学生とその保護者の方々の中には、シングルマザーとして子育てする女性もいた。その女性のアンケートには「子どもに自然体験をさせたいと思っていたが、なかなか連れて行くことができなかった。今回参加したことで遠出しなくても自然を考えることはできる、と気づけた」というコメントにはスタッフも勇気づけられたという。

「東京湾の水辺での体験を通じて、東京という大都市も自然とつながっているということを感じてもらうことも目的のひとつでした。個人的には、釣りに没頭しているときは瞑想の時間に近いと感じているんです。いつも仕事に、家事に、子育てにとガンバり続けている保護者の方々にとって、川沿いでまったりする時間もまた、意味のあるものだと思いました」(早川さん)

SDGsについて声高に言い続けることが目標達成の早道ではない。
たとえば、諫早湾干拓事業による漁獲量低迷に関するニュースに触れるとき、東京に暮らす人々にとっては対岸の火事であれば知識がいくらあっても意味がないだろう。2007年以降、漁業としてのハゼ漁が途絶えている東京湾から連想し「海、自然はつながっている」と感じられることが、SDGs達成に向けて行動に移せるかどうかを左右するはずだ、と報道魂も覗いた。

東京新聞SDGsアクションのこれから

このハゼ釣り教室を起案した森田さんは「次回は、ハゼを食べるところまでイベントに組み込みたい」と意気込む。
「東京生まれの僕は、お台場が埋め立てられる前“湧く”と表現されるほど多くいた東京湾でのハゼ釣りを知っています。自分が釣ってきた魚が食卓に並び、それを親が食べるのを見て誇らしく感じたものでした。スーパーで買ってきた魚の切り身しか食べたことがなければ、海の生態系が自分ごととして実感できないのは当然。経済発展のために人が造った運河でハゼを釣り、食し、共生と利便性について考える。東京新聞らしいSDGsアクションだと思います」(森田さん)
一方で早川さんは「ハゼ釣り教室開催という行動に移したから、個人宅に眠っていた貴重な東京湾の聞き取り調査記録を“漁師たちの証言集”(参照:https://www.tokyo-np.co.jp/article/196695)として世の中に出すことができた」と話す。

「参加者のアンケートのなかに、釣りを楽しむだけではなく、もう少し深くSDGsに関する知識を得たかったという保護者の声がありました。今後はメールマガジンなどで海の現状などもっと深い情報として加筆し、発信できれば良いなぁ~と考え準備しているところです」(早川さん)

今もまだ続く東京の開発

水質が悪化した1970年代にはその数を大きく減らしたハゼ。近年は戻りつつあるものの、東京の開発は歩みを止めたわけではない。東京新聞の紙面にこの「ハゼ釣り教室」の記事を載せると、70歳代の男性から手紙が届いた。
「東京五輪(2021年開催)に向けた護岸工事の影響で京浜運河の北部陸橋上からハゼが釣れなくなり、釣り人がいなくなって寂しい。孫からは釣りに連れて行ってと言われているが、別の場所に行くしかない」と、東京湾の移り変わりを嘆く言葉が連ねられていたという。

今も、ハゼなど海の生物を脅かす開発は続いている。
ハゼ釣り教室参加者の指導の先導に立った釣り専門誌「つり人社」の鈴木康友会長はイベントでの挨拶で次のように語った。
「スカイツリーの足元でハゼ釣りができる、この環境を誇りに思い、次の世代に渡していきましょう」と。ハゼを通して東京湾について考える東京新聞のアクションは今後も続いていく。

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