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吉川優子さん
データから考える、
水の事故を減らすために本当に必要なこと

2022.11.11

ライフジャケット(救命着)着用への意識は年々向上しつつあるが、残念ながら子どもの水の事故は、毎年起こっています。事故が起こって初めて、安全への意識が欠如していたことに気づく大人が多いことは否めません。そこで、子どもの安全・事故予防に関する啓発活動をおこなう一般社団法人吉川慎之介記念基金:代表理事・吉川優子さんに子どもの水の事故に関する最新データを解説いただきながら、水の事故がなくならない背景についてお聞きしました。データから見えてきたものは、海や川を「怖がる」必要性ではなく、もっと「知ること、体験すること」の大切さでした。

グローブライドが協力し、清瀬市立清明小学校がおこなっている近隣河川における環境自然学習の様子。

日本における子どもの水の事故件数は、世界でも多い国といわれています。ただし、その中には浴槽での事故が含まれている場合があります。日本には湯船に浸かるお風呂文化がありますから、小さいお子さんが「お風呂で事故に遭う」ケースがあるのです。また水の事故の中には、安全に関して事前に準備ができるものと、できないものがあります。
用水路などでの突発的な事故は個人での予防は難しいところもありますが、海や川などの自然域でのアウトドアスポーツは事前に安全に関する準備をすることができます。つまり準備さえしておけば、防げる水の事故はあるのです。

2022年(令和4年)6月に発表された海上保安庁のデータを見ますと、2012年(平成24年)から2021年(令和3年)まで10年間、12歳未満の「マリンレジャーに伴う海浜事故」は667人。そのうち遊泳中の事故は411人でした。
注目すべきは背景要因として、事故発生時の「保護責任者の監視不十分」の割合がとても多いことがわかります。世の親御さんからしてみますと意外に思うかもしれませんが、子どもを海に連れていった際、子どもを自由に遊ばせて保護者は遠くで見ている、ということがないでしょうか。海で遊ぶ子どもを砂浜から見守っているだけでは、いざという時に迅速に助けに行くことは難しいものです。
海で子どもを遊ばせるときは、保護者も一緒に水の中に入ることが大切です。一緒に遊び、近くで見守ることが、海で子どもの命を守る安全・安心につながるのです。

12歳未満の海の事故(船舶海難を除く)発生状況

出典:海上保安庁 交通部安全対策課「子供の海の事故発生状況 当庁の取り組み」令和4年6月

12歳未満の遊泳中海難の発生状況

出典:海上保安庁 交通部安全対策課「子供の海の事故発生状況 当庁の取り組み」令和4年6月

子どもが海で釣りをしている際に発生した海難事故データもあります。
12歳未満の子どもの事故(平成24年~令和3年)は96人中88人が海中転落です。そのうち72人がライフジャケットを着用していませんでした。子どもたちが堤防や岩場で足を滑らせてしまったり、うっかり海に落ちてしまったりすることはゼロではありません。
しかし、その時にライフジャケットを着ていれば大人も子どもも事故に落ち着いて対処することができますし、生命を落とすリスクを大幅に軽減することができるのです。これは川の場合も同様です。

12歳未満の釣り中海難の発生状況

出典:海上保安庁 交通部安全対策課「子供の海の事故発生状況 当庁の取り組み」令和4年6月

ライフジャケット(救命着)着用の意識は年々高まっているのですが、残念ながら未だ常識とまではなっていません。しかしデータを見るとわかるとおり、安全への意識が曖昧ですと結果として事故のリスクを高めてしまうケースが多いように感じます。
例えばラフティングやカヌーなど水辺のアウトドアスポーツを楽しむ場合は、ライフジャケット着用など安全に関する準備を事前におこなう傾向にありますが、キャンプなどの際に川での水遊びでは、 なぜか安全への意識が下がってしまう傾向が見られライフジャケット(救命着)を着せないで子どもを自由に川で遊ばせている場合も多いと思います。
過度に海や川などの水辺を怖がる必要はありませんが、安全への意識、準備は忘れないでおいて欲しいと思います。

では、海や川が身近な日本で、安全への理解を、常識として広めるためにはどうすればよいのでしょう。
2021年、小学生及び中学生の子どもを持つご家庭(母親)におこなったアンケート調査から、考えてみたいと思います。

子どもの水辺の活動時に不安を感じること(自由記入)

出典:一般社団法人吉川慎之介記念基金「水辺の活動に関するアンケート調査結果」2021年5月(対象:小学校1年生から中学校3年生の長子と同居している、かつ日本国内に住んでいる25~50歳の女性 計568サンプル)

「子どもの水辺の活動時に不安を感じること」を聞いた際、「溺れないかどうか」「子どもだけで水辺に近づくこと」を心配する意見が多く寄せられました。しかし、アンケート結果をよく見てください。意見として一番多いのは「特にない」なのです。子どもの水の事故を防ぐために安全への意識をもつ大人が増えている一方で、不安をまったく感じていない大人もまだまだいるのです。おそらくその方たちは、自然域での水、つまり海や川のことをあまり知らないのだと思います。海や川の楽しさ、素晴らしさ、そして時に自然が持つ恐ろしさを知らないから、何が不安なのかわからないのです。だから「特にない」という回答になってしまったのだと思います。

私はここにこそ、日本において水の事故がなくならない理由の一端があると思っています。海や川のことを知らなければ、安全のために準備をするなんて思いつかないですよね。ライフジャケット(救命着)の存在は知っていても、着用することで、より楽しく水を楽しめること、事故のリスクを下げることを知らなければ、着用することを怠ってしまうかもしれません。だからこそ、大人も子どもと一緒に自然と触れ合い、海や川のことを知る機会がふえてほしいと思います。

最近は子どもの教育の中で自然体験を重視する意識も高まりつつありますし、企業や団体の協力を得ながら学校でも体験授業をおこなうところが増えています。水辺の体験授業「川の生きものを知るガサガサ」などはいいですね。特に自分たちが暮らす地域の身近な海や川で「ガサガサ」をおこなうと、自然のこと、生きもののこと、環境のことなど、子どもは楽しみながら多角的な学びに触れることができます。学びにはもちろん、水の事故へのリスク管理も含まれます。こういう自然体験の機会から、子どもの中に安全への意識が醸成されていくのではないかと思います。

自然域での水の事故は起こってから後悔するものではなく、安全への準備があれば未然に防げるものです。子どもへの教育はもちろんのことですが、大人の私たちが学ぶことも大切だと思います。海や川への興味、関心、正しい知識が、子どもの水の事故をなくしてくれる。私は、そう思っています。

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