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山間の森から海へと運ばれる“鉄”
森を守る理由がここにある

2022.11.21

山と海はつながっている 。
〝山間の森〞を守ることが海藻類の生育を助け、豊かな〝海の森〞をつくるという事実。そして、海の生態系を守るカギは森が育む「フルボ酸鉄」であるということ。
あまり知られていないことだが、そもそも地球上のほとんどの生きものは、元素レベルで“鉄”がなければ生きていけないのだ。山と海をつなぐ“鉄”の役割を知れば、森を守らなければならない理由も見えてくるだろう。
この山と海とのつながりについて、北海道大学名誉教授であり環境科学研究者:松永勝彦氏に“鉄”をキーワードに説明をいただいた。

写真提供:松永勝彦氏

Q. 「フルボ酸鉄」とは、どういうものですか? どのように森で育まれ、海に届けられるのでしょうか?

A. 山の森が豊かであれば、その土壌も豊かなものになります。森林土壌では、土壌生物が落ち葉や枝などを二酸化炭素と水に分解しますが、その際に分解されず残った有機物質からフルボ酸という腐植物質ができます。このフルボ酸は金属と結合しやすいため、土中の鉄成分と強く結びついて「フルボ酸鉄」となるのです。そして、土中の「フルボ酸鉄」は雨が降るなどして川に運ばれ、河川の流れに乗って海へと届けられます。

Q. 森が育む「フルボ酸鉄」がカギとなり、海の植物プランクトンや海藻が鉄を取り込む仕組みを教えてください。

A. 海の豊かさを実感できる指標の一つが魚介類の豊富さです。そのためにはエサとなる植物プランクトンや海藻を増やす必要があります。そして植物プランクトンや海藻を増やすためには、光合成と鉄が必要なのです。というのも、植物プランクトンや海藻は光合成生物で、水と二酸化炭素、太陽光によって光合成を行い、成長し増殖します。その時、必要なのが栄養塩(硝酸塩、リン酸塩、ケイ酸塩)です。中でもタンパク質の合成に使われる硝酸塩を取り込むには、先に鉄を取り込む必要があります。さらに鉄は、光合成色素の生合成にも使われるため必要不可欠なのです。ほとんどの栄養素が海水中では取り込みやすいイオンの状態になっているのですが、鉄そのものは粒子として存在します。しかし粒子は大き過ぎて、細胞内に取り込むことができないのです。では、海にいる植物プランクトンや海藻はどうやって“鉄”を吸収しているのか・・・、そのカギとなるのが山の森から海に流れ込んだ「フルボ酸鉄」なのです。「フルボ酸鉄」の大部分はコロイド※の状態で存在しますが、イオンと同じような動きをします。そのため、植物プランクトンや海藻はフルボ酸鉄から鉄だけを受け取って細胞に取り込むことができるのです。下流域の河口近くで生きものが豊富なのは、森から河川を通じて「フルボ酸鉄」が運ばれてくるためです。
※コロイドとは、イオンと同様の動きをする超微細な粒子のこと

Q. 山の森から流れてくる「フルボ酸鉄」が海の食物連鎖の始まりとなり、海の生態系を支えているのですね。この森と川、そして海のつながりを知ることは大事ですね。

A. 森の落ち葉は土壌生物により分解され、腐植土をつくります。その栄養をもとに草木が育ち、虫や鳥、小動物が集う。さらに、腐植土は雨を一時的に蓄え、ゆっくり川を通して海に「フルボ酸鉄」を供給します。「フルボ酸鉄」が海の生態系を豊かに育み、そして海から蒸発した水蒸気は雨となり、再び森に降ります。こうして森と川、そして海はつながり、循環し続けているのです。

Q. “鉄”は私たち人間にも欠かせないものようですね。

A. そうです。赤血球のヘモグロビンは主に“鉄”とたんぱく質からできており、“鉄”があるからこそ身体の隅々まで酸素が運ばれるのです。“鉄”は陸上の植物・動物にも欠かせません。“鉄”は生命の根幹となるもので、森と海の関係は、すべての生きものはつながり、支え合う関係であることを私たちに教えてくれます。

Q. 森を守ることが海を守り、海を守ることが森を守ることになるというワケですが、先生がお考えになる理想の森とは、どのような森でしょうか?

A. 広葉樹と針葉樹の混交林です。杭を打ち込むような針葉樹の根と、ネットのように斜面を包み込む広葉樹の根が両方あることで、土砂崩れを防げるのです 。植林され た人工林を間伐すると、鳥、小動物、熊が運んだ種から広葉樹が芽を出し、混交林になっていきます。広葉樹が育てばその実が動物の食料になりますから、人間と動物が共存しやすくなるでしょう。今、地球温暖化など環境は悪化の一途を辿っています。山を守ることが海を守る。私たちはもっと大きな視点で、自然と向き合う必要があると言えるでしょう。人間はまだ引き返せるのか、それとも・・・もう後戻りできないのか。今、ちょうどその分岐点にいるのかもしれません。


地球上のほとんどの生きものは“鉄”がなければ生きてはいけません。生命維持に必要なメカニズムに“鉄”は元素レベルで不可欠な役割を果たしています。そして、その“鉄”の供給源が山間の森にあります。もちろん「フルボ酸鉄」は森だけでなく、湿地や水田などにも含まれていますが、山間の森に降り落ち染み込んだ水が川となり海に流れ込んでいることを考えますと、その源である森を守らなければならない理由がわかることでしょう。
森から海へと運ばれる“鉄”の存在。森を守る理由は、まさにここにある。

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