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自然体験が育む子どもの知的好奇心(前編)

2022.12.12

「いい成績を取ることや受験を目標とした勉強は、途中で伸びが鈍ってしまうことが多い。なぜなら、子どもたちの中に心から『知りたい』『分かりたい』という気持ちがないからです」。そう教えてくれるのは、脳科学を研究する東北大学教授:瀧靖之先生。
子どもが物事に興味や関心を持って見たり考えたりする、つまり知的好奇心こそが究極の賢さであり、知的好奇心を高めるためには自然体験がとても効果的だと語る。自然体験と子どもの知的好奇心との関係を瀧先生にお聞きしました。

瀧靖之(東北大学 教授)
東北大学スマート・エイジング学際重点研究センター副センター長。医師、医学博士。16万人以上の脳のMRI画像を読影・解析し、脳の発達や加齢のメカニズムを研究。

第一線で脳科学を研究する瀧靖之先生。子どもからお年寄りまでの膨大な脳のMRI画像からあらゆる情報を読み取り、IQや生活習慣などのデータと併せて分析し、脳の発達や衰えについて研究している。瀧先生によると子どもの脳の発達には好奇心・運動・コミュニケーションの3要素が欠かせないそうだ。そして、この要件すべてを満たしているのが“自然体験”だと先生は語る。

「3つの要素の中でも特に重要なのが、知的好奇心を持つこと。生きものや植物を観察したり、水や風を感じたり、自然には子どもの知的好奇心がそそられる良質な刺激があふれています。脳は刺激を受ければ受けるほど発達するので、賢い脳を育てるために子どもに自然体験をさせることは大切です」

瀧先生自身、子どものころに自然に魅了され、知的好奇心を強くした経験を持つ。知的好奇心が動き出せば、さまざまな好循環が始まっていくそうだ。

「虫捕りのために野山に連れて行ってもらったり、天体望遠鏡で星を眺めたり。親と一緒に楽しみながら自然体験をしたことで、私の知的好奇心は育まれたと思います。 例えば、昆虫を捕まえて『何という名前だろう?』と興味が湧いて、図鑑を開いてみる。そこで読めない漢字が出てきても、自分が自主的に興味を持ったことであれば、『知りたい』という気持ちが湧き上がり親に読み方を聞く。知的好奇心が動き出せば自主的に学ぶ姿勢も自然と生まれてくるのです」

色鮮やかな花や深緑から紅葉へと移り変わる木々の変化、水や魚の感触、鳥のさえずりなど、さまざまな刺激に満ちている自然。視覚・聴覚・味覚・嗅覚・触覚において日常とは異なる感性への刺激を得ることは、子どもの脳の発達に良質な影響を与える。 「五感に刺激が与えられ、うれしい、楽しいなどの感情が湧くと、脳の扁桃体から神経伝達物質のドーパミンを放出。意欲や幸福感が生まれます。良質な刺激が多い自然体験は、子どもの脳の発達にとって最高のアクティビティなのです」と瀧先生は言う。

「ゲームをする子どもを心配する親は多いですが、ゲームを楽しむことも決して悪いことばかりではありません。しかし人間が作り上げた人工の世界は、自然に比べるとどうしても浅い。何億年という長い年月をかけて作られた自然の奥深さとは、比べ物になりません。決まった答えがない、というのは自然の大いなる魅力です。そして、一つの知的好奇心からさまざまな知的好奇心が広がっていくのも自然体験の特徴といえます。例えば虫捕りや魚釣り、野鳥の観察など生き物に触れる自然体験は生命や生物多様性を学ぶ素晴らしい体験ですが、子どもの知的好奇心はそこだけにとどまることはありません。山や川に行くことで地理や気象に興味を持ったり、環境問題に関心を寄せたり、SDGsを考えたり、さまざまな分野に興味が広がっていくことでしょう。このように、『なぜだろう』『もっと知りたい』という知的好奇心を持って自然体験に熱中することで、子どもの脳は発達するのです」

自然体験が子どもの脳の発達に与える効果は、想像以上に高く、知的好奇心が無限に広がっていく可能性を感じる。では、何歳くらいから子どもに自然体験をさせればいいのだろうか?

「子どもは2歳ごろから知的好奇心が高まっていきます。まずは公園など身近な自然の中で五感を刺激してあげると良いでしょう。物事の判断や思考を担い実行機能を果たす前頭葉の領域は小学生くらいから大きく発達するので、この時期に山や川、海に出かけて自然体験をさせると、前頭葉の効果的な発達促進が期待できるでしょう。そして自然体験には、急な気象の変化など予期せぬトラブルへの対応がつきものです。限られた状況の中で『いかに安全に目的を果たすか』ということに思考を巡らせ、家族や友人と協力する場面も多くなる。自然体験で身に付いた問題解決力やコミュニケーション力は、日常生活や学習にも還元されます。物事の変化に適応しながら冷静に状況を判断し、問題の原因を探り、それを解決するための課題を遂行する。この力が備わることで、学習面においても応用力を発揮できるようになるでしょう」

今回、脳科学の視点から子どもの知的好奇心を育む自然体験の効果について瀧先生に教えていただきました。「自然体験は子どもの脳の発達にとって最高のアクティビティ」と語る瀧先生の言葉は、知的好奇心が高く自主性のある子どもに育てたいと願う親にとって、大いに参考になったものと思います。次回(後編)は、子どもの自然体験をより効果的なものにするために親は何をすべきか、について教えていただきます。

取材:帆足泰子

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