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食べないなんて、もったいない!
未利用魚を通して魚食文化を子どもたちに届ける

2023.05.22

最近、注目を集めている「未利用魚」というキーワード。SDGsの観点からも話題になることが増えたので、ご存知の方も多いだろう。「未利用魚」とは、大きさや量などの関係で市場に出回らない魚のことだ。味や鮮度に問題がなくても流通における規格外であるために低価格で飼料用として取引されたり、時には廃棄されてしまうこともある。そんな状況を少しでも変えていくため、神奈川県横浜市では未利用魚を小学校給食に活用する取り組みが始まっている。魚食の大切さ、水産業が抱える課題、フードロス削減など、さまざまな学びが「未利用魚」を活用した給食を通して子どもたちに広がっている。

横浜市中央卸売市場の齋藤融さんによる出前授業の様子。
(写真提供:小宮広嗣)

2023年1月、横浜市中央卸売市場の卸売業者などから構成される横浜市中央卸売市場魚食普及推進協議会と横浜市教育委員会、よこはま学校食育財団が連携し、横浜の市立小学校339校で、未利用魚を活用した学校給食が実施された。その数なんと約20万食である。この規模での未利用魚活用の取り組みは全国的にでもおそらく事例がないだろう。サイズや形から未利用となり市場に出回らない魚を活用することはSDGsの意識が高まる中、フードロス削減の観点からとても大事な取り組みといえる。また、この取り組みから日本の魚食文化の大切さや水産業の課題を知る機会を得られたのは、子どもたちにとっても有意義だったはずだ。

上が通常流通しているサバで、下が未利用魚となってしまう小型のサバ。サイズは違っても、味や鮮度は変わらない。(写真提供:横浜丸魚)

未利用魚を学校給食に活用する取り組みで使われたサバは、横浜市中央卸売市場が2022年春から集めていたもので、漁獲の際に規格外のため未利用となってしまったものを買い取り、冷凍保存しておいたそうだ。横浜市中央卸売市場の卸売業者である横浜丸魚(株)の齋藤融さんが、この取り組みの背景について教えてくれた。
「学校給食で使用したサバは500グラム以下の小さなものです。神奈川県沖合で漁獲されたサバですが、味や鮮度は変わらないのにサイズが小さいというだけで流通できない魚が存在してしまう状況を私たち市場関係者はずっと歯痒く感じていました。ですから今回、この規模で取り組みが成功したことはとても嬉しく思っています。横浜丸魚では6年前から、横浜市内の小学校で魚食普及のための出前授業をおこなってきました。私は“お魚マイスター”として講師を担当し、市場の役割や魚食の大切さ、水産業の課題などについて子どもたちに伝えました。その際に未利用魚という存在があることも話したのですが、子どもたちだけでなく先生方も興味を持ってくださり、未利用魚を学校給食に活用できないかという提案を横浜市場にいただいたのです。そこからは横浜市や教育委員会などたくさんの方々が連携して、一気に事業として動いていきました。2018年(平成30年度)から独自献立(学校が独自に献立を作成)として始まり12校、そして2019年(令和元年度)には36校と増えていき、2021年(令和3年度)からは基準献立(横浜市立小学校などを対象にした全市統一の給食献立)としても取り組みが始まりました。栄養士の先生方が何度も試作を重ね、子どもたちが喜ぶおいしい未利用魚の献立を考案してくださったことも成功の一因だと思います」

2023年1月、横浜市の小学校で実施された未利用魚を活用した給食(基準献立)の様子。メニューは神奈川県内産の未利用魚を活用した「サバの甘酢あんかけ」だ。(写真提供:横浜市経済局)

この取り組みは給食の提供だけでなく、給食前に行う未利用魚に関する授業 ※1 もセットになっている。「おさかなマイスター」として出張授業を行った齋藤さんは、子どもたちの意識の変化を手応えとして感じている。
「現在、水産業はとても厳しいものがあります。日本の漁獲量は年々減り、魚を食べる人も減っているからです。骨がある魚は食べにくいからと魚を嫌う子どもも多いですよね。日本の食卓に魚料理が上がることも減ってきました。しかし出前授業を行うことで、サイズが小さくてもおいしさは変わらないことや未利用魚を食べることでフードロスにつながること、獲った魚をすべて食べることで漁師漁業関係の方々の収入を安定させることになるなど、水産業が抱えるたくさんの課題を解決することに子どもたちが関心を持ってくれました。出前授業を行った後の給食では、魚嫌いな子どもがおかわりをして食べてくれたこともあり、担当の先生にも『教育とはこういうものだ!!』と喜んでいただきました」

ここで水産庁による「一人1年当たりの魚介類消費量」のグラフを見てみたい。日本では平成13年(2002年)を境に魚介類の消費量が減り始め、平成23年(2011年)以降は肉類の消費量が魚介類の消費量を上回るようになった。しかし海外では魚介類の消費が伸びている国も多く、和食人気とともに魚食への注目が高まっている。魚は旬を感じることができる食材であり、健康効果も期待できる。魚にはDHA(ドコサヘキサエン酸)が含まれており、記憶や学習といった脳の機能を高めるともいわれている。海に囲まれた日本において魚食の機会が減っていくことはもったいないことであり、魚食の良さを改めて見直したいものだ。また頭から尻尾まで丸ごとまな板の上に乗る食材である魚は大切な食育の教材であり、ぜひとも家庭で子どもと一緒に調理してほしい。

平成23年(2022年)を境に肉類が魚介類の消費量を上回っている。暖流と寒流が流れ魚種が豊富な海に囲まれた日本としては、もう少し魚食の素晴らしさに注目したいものだ。

横浜市中央卸売市場(横浜市中央卸売市場魚食普及推進協議会)では学校給食への取り組みのほかにも、魚食文化を広めるための出前授業や市場でのイベントにも力を入れている。2023年3月には、地域企業と連携して未利用魚のサバを使ったレトルトカレーを開発したものだ。出前授業で未利用魚について学んだ小学生のアイデアを商品化したものそうで、地域限定で販売もした。横浜丸魚が未利用魚を活用し開発した「特製サバまん」 ※2 も好評だという。未利用となってしまう魚を少しでも減らすために、さまざまな取り組みを通して生産者と消費者が思いを同じにつながっていくことが大切だと齋藤さんは語る。
「魚食文化や水産業の現状にもっと関心を寄せていただけると嬉しいですね。生産者と市場、消費者が思いを同じにしてつながることで、社会を動かす大きな力が生まれるように思います。未利用魚を活用した学校給食は、子どもたちがフードロスや魚食文化、水産業の課題を学ぶ大きな成功事例となりました。こういう取り組みが全国に広がっていくことを期待しています。また、この取り組みは小学校で行われていますが、1年に1回でも6年間通して未利用魚を活用した給食を食べた体験は、子どもたちの記憶に絶対残っていくと思うのです。彼らが大人になったときに『そういえば小学生の時に未利用魚の給食を食べたね』と思い出してほしい。そして、この体験の記憶を活かして地球環境や水産業の課題に挑み、未来を変えていく大人になってくれたら嬉しいですね」
そして齋藤さんは、適正価格で安心できる魚介類を販売する市場の役割を果たしながら持続可能な水産業であるために魚食文化の素晴らしさを発信し続け、未来を創る子どもたちの記憶に残るプログラムをこれからも提供していきたい、と語った。

未利用魚に目を向けおいしく食べることで、その魚は“利用魚”となる。利用魚になるということは、その魚が市場において特別な存在ではなく当たり前に流通する存在になるということだ。形や大きさにとらわれない消費者の意識がもっと高まれば、規格を重視する魚介類の流通の常識を変えていくかもしれない。適切に獲った魚のすべてに価値がある。そう思える社会であることが今、求められている。

※2:「特製サバまん」は丸魚濱食オリジナル商品

取材編集:帆足泰子

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