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大規模災害を乗り越え、情緒豊かな古道復活へ

2023.06.30

気候変動の影響もあり、毎年のように大型台風が日本にやってくる。都市部の被害は報道されることも多く復興のイメージもつきやすいが、山や森林が受けた被害については、多くの人がその詳細を知らない。土石が流れ山肌を一変させ、木々がなぎ倒され林道や作業道は姿もなく壊され、山の頂から流れる水流までが変わってしまった山を元に戻すことは、決して簡単なことではないのだ。2019年の東日本台風(台風19号)の被害からやっと立ち直り始めた長野県須坂市の山を訪れた。

2019(令和元)年10月、過去最強クラスといわれた東日本台風(台風19号)が強い勢力を保ったまま上陸。関東甲信越を中心に大雨と強風をもたらした。経験したことのないような記録的な大雨となり河川氾濫や土砂崩れが相次ぎ、多摩川や千曲川などの一級河川を含む多くの河川が氾濫し浸水被害に見舞われた。甚大な被害が出たこともあり、この台風のことを覚えている人は多いと思うが、被害が出た地域のその後については報道されることも少なく、あまり知られていない。特に森林の台風被害については、その爪痕の大きさも復興の厳しさも、都市で暮らす私たちには想像も及ばない。いつの間にか日常生活に戻る都市のようには、森林は簡単に元には戻らないのだ。
グローブライドでは長野県が進める「森林の里親促進事業」に賛同し、2005年から長野県須坂市仁礼地区の森づくりを支援している。山を守ることは川や海を守ることにつながるとし、長年、山を守ることに取り組んできた。その山林を維持管理するのは一般財団法人仁礼会。この地域の人々が共有する山林を守り育てる役割を担っている。
しかし、2019年の東日本台風(台風19号)がもたらした大規模災害は、須坂市の森林保全にとって非常に大きな問題となった。台風で大きく崩れてしまった森林を元に戻すことの難しさについて、
「台風19号の被害は甚大なものでした。仁礼会が維持管理する山でもあちこちで木が倒れ、林道や作業道が崩れ、流石や流木の影響を受けて川の流れも変わりました。壊れたところから順次手を入れて復興していけばいいと思われるかもしれませんが、山の復興は都市のそれとは大きく異なります。一度壊れてしまった山や森林は、すぐに手を入れられるわけではないのです。目に見えないところで地滑りなどの危険が残っていないか、まず、しっかり山全体を調査する必要があります。この調査を行わないまま、山や森林に手を入れることは大変危険なことなのです。調査を行った後は、壊れてしまった場所に重機を入れて復興作業するところと人の手のみで作業するところ、そしてあえて元には戻さず、台風がもたらしたありのままの自然を受け入れるところに分けます。もともと林道や作業道だったところは重機を入れた復興が可能な場合が多いので、比較的早く作業を進めることができます。しかし人力でしか作業ができない場所は時間がかかります。いずれにしても予算が必要であり、この点も山や森林の復興が簡単に進められない理由の一つとなっています。また『元には戻さずありのままの自然を受け入れる』というと何の努力もしていないように思われるかもしれませんが、そういうわけではありません。相手は自然ですから、重機でも人力でもどうにもできない場所もあり、台風による爪痕を新たな山の風景として受け入れていくしかない場所もあるのです」と、仁礼会理事長の若林武雄さんが教えてくれた。

一般財団法人仁礼会 理事長 若林武雄さん。須坂市の自然と歴史を愛し、仁礼の山の維持管理に尽力する。
大谷不動尊奥の院近くにある「一の滝」に向かう。台風から数年が経った今も、荒れてしまった道は修復できないままだ。
重機が入らない道は人の手で修復を行わなければならないが、人力だけで流木や流石を取り除く作業は簡単ではない。

東日本台風(台風19号)の後、仁礼会では少しずつ山と森林の復興作業を続けてきたそうだが、若林さんの話から、その作業が決して簡単ではなかったと気付かされた。今回、若林さんと一緒に仁礼の山を歩いたが、きれいに修復された道もあれば、台風の爪痕が今も生々しく残っている場所もあった。山の維持管理は本当に大変なものであり、山に不慣れな私には想像も及ばないことだった。
そして若林さんは、どんなに大変でも山を守るためには、人間が手を入れ続けることが大切だと語った。
「山は自然のまま手付かずの状態にしておく方がいいと考える人もいます。しかし、それは正しくないと私は考えています。山は人間が手を入れずに放っておくと、草木が生い茂り、あっという間に風景が変わってしまいます。特に林道や作業道は、道として使い物にならなくなってしまいます。そうすると、人間が山に入ることもなくなり、ますます山は荒れていきます。間伐をしないと樹木の成長も悪くなりますし、樹木も大木になるまで放っておけばいいというものではありません。幹は太いのに中身はスカスカという大木も多く、このような樹木は立ち枯れてしまうためとても危険です。つまり適切なタイミングでの間伐や除伐は重要で、山は人間が手を入れていくことが必要なのです。それが山を維持管理するということであり、“山を育てる”ということでもあるのです」

倒木の様子。倒木は道をふさぐだけでなく、山の水の流れを変えてしまうこともある。
「一の滝」を眺める若林さん。ここまでの道を修復するにはもう少し時間がかかりそうだ。
大谷不動尊奥の院に通じる古道には石仏や祠が点在する。当時の人たちの思いを想像しながら歩いてみるのも趣深い。

仁礼会が維持管理する山は、面積約1700ヘクタールで、森林の約43%が天然林、約44%が人工林である。また面積の約10%に当たる177ヘクタールがグローブライドの「水と森と太陽の森林(もり)」であり、仁礼会が維持管理を担当している。グローブライドでは環境教育の一環として社員による植樹・間伐・草刈り体験などのボランティア活動や新入社員の内定式を兼ねた間伐体験をこの森林(もり)で実施している。2006(平成18)年には広葉樹であるコナラの植樹も行った。現在、コナラは大きく成長している。
若林理事長によると、森林は30年周期で樹木を入れ替えると健全な森として維持していくことができるという。仁礼の山はグローブライドが植樹を行ったコナラの森以外にも除伐した地に広葉樹を植える取り組みが進んでいて、木々がしっかりと大地に根を張る天然林の山に育てていこうとしている。除伐の際に親となる木を数本残し、そこから周辺に種が飛び、新しい木々が育つようにしている。できるだけ天然林の割合を増やし、自然の状態に近い健全な山に育てようとしているのだ。それにしても30年という年月は長い。30年あれば山の維持管理に取り組む人たちの世代が変わってしまうし、時代も大きく変わってしまう。それでも遠い未来を見据えて、日々山に向き合い、森林を育てる仁礼会には頭が下がる思いだ。都市で暮らす我々も、常日頃からもう少し、山の維持管理というものに関心を寄せるべきではないだろうか。

木を伐採した後に天然林として育っていくよう管理している仁礼の山。長期的な視野で根気よく育てていく必要がある。

この一方、仁礼会は数年前より須坂市が誇る自然と歴史を味わいながら多くの人に山を歩いて欲しいと考え周辺地区と連携しながら古道の整備に努めてもきた。仁礼地区の大谷不動尊から米子地区の米子不動尊奥の院までの古道復活を意図し力を入れてきた。この道の一つに「大笹街道」として親しまれてきた古道があり、江戸時代には多くの物資や旅人が往来した。路傍には数多くの石仏や供養塔が点在するなど昔を偲ばせる趣があり、日本人だけでなく海外からの旅行者にも十分に楽しんでもらえる観光資源だ。
この古道復活、その一部が再興されお披露目された。去る5月22日、米子大瀑布への林道開通式が行われたのだ。米子も東日本台風(台風19号)で大きな被害に遭い、道が崩壊し、長い間、滝につながる道が通行止めになっていた。日本の滝百選にも数えられる米子大瀑布は、直線的に落ちる2つの滝「不動滝」と「権現滝」が並ぶ名瀑で、この滝の麓に米子不動尊奥之院が建立されている。
待望の林道開通にあたって、
「米子大瀑布への林道が開通したことを本当に嬉しく思っています。次は大谷不動尊を有する仁礼の山の古道をしっかり整備して、たくさんの人に歩いてもらえるようにしたいと思っています。米子不動尊同様に大谷不動尊も山に奥の院があるのですが、米子の名瀑を見たらそのまま古道を歩いて、大谷不動尊奥の院まで山歩きを楽しんでくれると嬉しいですね。その先には根子岳や四阿山がつながっていますから、山が好きな方も古道に興味がある方も、須坂市の自然と歴史を十分堪能してもらえると思っています」と、若林さんは期待をしている。

レースのカーテンのように霧状になびく「不動の滝」。古くから修験者のみそぎの滝としても知られている。
米子川を挟んだ対岸からは「権現滝」「不動滝」の2滝を同時に眺めることができる。

大谷不動尊から米子不動尊奥の院へとつながる古道復活に興味を持った方は、ぜひ一度、長野県須坂市に広がるこの地を訪れてほしい。国の名勝にも指定される米子大瀑布は一見の価値がある。ただなんといっても一番の見どころは古道そのものだ。自然の魅力と歴史の趣を楽しめるように、大規模災害を乗り越えて、改めて整備した道である。古道といえば「熊野古道」が有名だが、米子不動尊と大谷不動尊を結ぶ古道は、自然の豊かさと歴史情緒では熊野に負けない味わいがある。たっぷりと情緒を楽しみながら、山と森林を健全な状態に維持管理する人たちの苦労にも思いを馳せたいものだ。

取材編集:帆足泰子
写真撮影:藤巻翔

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