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川で繰り返される水難事故、リスクはどこに潜むのか。
~川の水難事故の概況~ (対談前編)

2023.01.11

国土の約7割が森林であり、周りを海に囲まれている日本では、大小さまざまな川が山間の森林から海に向かって流れている。普段はあまり気に留めていないかもしれないが、私たち日本人にとって、川はとても身近な自然なのだ。しかし、川には水難事故のリスクがある。川の事故を防ぐため様々な啓発は行われているものの、残念ながら事故がなくなることはない。
それは一体なぜなのか。その理由を探るため、河川に関する調査・研究を行う公益財団法人河川財団「子どもの水辺サポートセンター」主任研究員の菅原一成さん、一般社団法人吉川慎之介記念基金代表理事の吉川優子さんにご協力いただき、川の水難事故とそのメカニズムについて語っていただきました。この対談の前編は「川の水難事故の概況」をテーマに分析データから見えてきた事故の背景を考察します。

画像出典:河川財団「水辺の安全ハンドブック」 イラストレーション/山下航

河川財団 菅原一成さん(以下 菅原):警視庁の統計資料によると、2003年~2021年の子ども(中学生以下)の水難死亡事故場所別死者・行方不明者数の約6割が、河川や湖沼などで亡くなっています。これは海で亡くなった子どもの約2倍です。日本は川が毛細血管のように広がっている国で、川は私たちにとって身近な存在です。海と比べると、誰もが気軽に川に遊びに行けます。海は海水浴場など遊びに行く場所が凡そ決まっていますし、海の家やライフセーバーなど監視体制が整っていて、楽しむためのルールが定められている場所も多いですよね。しかし川は、ほとんどが「自由使用」なんです。誰もが制約されることなく、自由に遊べる自然です。自由であるがゆえに、自分の安全は自分で守る必要があるのですが、その自分の身を守る方法を知らないことが、川の水難事故件数が減ることのない理由の一つだと思います。

吉川慎之介記念基金 吉川優子さん(以下 吉川):私も川が「自由使用」ということに対する理解が不足していることが、問題ではないかと感じています。日本では、川の方が海より身近で遊びに行きやすい地域が多いのに、そこで楽しむためのルール作りがされていない。本当は国や自治体に早急に対策を考えてほしいところですが、正直なかなか難しいのが実情です。そうであれば、川で楽しむ私たち自身が「川は遊ぶための管理がされていない」ということを知っておく必要があります。川のある自然環境は素晴らしい場所も多いのですが、危険な場所でもあることを理解しておきたいですね。

出典:河川財団「No More 水難事故2022」水難事故全体の概況 Sheet5
菅原 その通りですね。夏になると水難事故の報道が多くなり、胸が痛みます。川の水難事故は7月から8月にかけた夏の時期が多いのですが、2022年は5月や6月の事故件数も例年より多かったように思います。私の想像ですが、2022年の5月や6月は例年より天気がよく、逆に7月や8月の週末などはおそらく天気がよくなかったからではないかと…。春から夏にかけて好天かつ気温が高くなると川に遊びに行く人も増えます。利用者が多くなれば相対的に水難事故も増えてしまう。天気と水難事故件数は、少なからず影響があるように思います。また1年を通して、天気の良い休日は人出が多くなるのですが、ほとんどの人が前日までの天気のことを気に留めていません。前日まで雨が降っていた場合、川が増水していることも多いですし、上流での雨が翌日になって下流に大量に流れてくることもあります。山に川遊びに行く人は、遊びに行く当日の天気だけでなく、前日までの天気も気にかけておく必要があるでしょう。
吉川 そうですね。雨はやがて川の水に変換されます。だから大量の雨は川の増水につながるし、水深も深くなってしまう。増水は川の勢いを増し、流れを速くすることも知っておきたいですね。
出典:河川財団「No More 水難事故2022」水難事故の5W Sheet15
菅原 最近は、川の近くにあるキャンプ場などではライフジャケットを着用している子どもは増えてきた気がします。ここ数年で、安全への意識が高まってきたのは嬉しいですね。でも大人は相変わらずライフジャケットを着用していない人が多い。「大人なんだし自分は大丈夫」と思っているのかもしれませんが、川の水難事故は二次災害につながる可能性が高いことを、ぜひ知っておいてほしいです。データを見てください。救助中に二次災害が発生した事故におけるグループの特徴を見ると、家族連れが40%を超えます。溺れた子どもを助けようとして飛び込むなどして、その結果、保護者や引率の大人、年上の子どもなどが死亡や行方不明となってしまうのです。
出典:河川財団「No More 水難事故2022」水難事故の5W Sheet32
吉川 子どもが小さいときはファミリー同士で遊ぶことも多いですよね。キャンプなどで川辺に出かけた際、大人が大勢いるから安心と思ってしまうかもしれないけど、大人の数だけ子どもがいるわけで、むしろ子どもの数の方が多いことだってあります。大人はバーベキューの支度やテントの設置に追われて、気がつくと子どもが目の届かないところに行ってしまい慌てて探した、ということはよく聞く話です。川で流されたサンダルを追いかけて事故に遭い、助けようとした人も溺れてしまうという悲しい事故も全国で起きていますよね。
菅原 流された子どもを助けようとして別の誰かが溺れてしまうというのは、本当につらい話ですよね。サンダルは要注意です。夏にサンダルを履いて川遊びをするご家族は多いと思いますが、大人は子どものサンダル選びにはくれぐれも注意してほしいと思います。モノを押し流す川の流れる力は強いので、踵が固定されていないビーチサンダルは脱げやすいのです。だから、踵が固定されているスポーツサンダルやアクアシューズなどを選ぶべきでしょう。なぜ足元の履物(サンダル)選びに注意しなくてはいけないかというと、サンダルは川遊びの後も必要なものだからです。ボールなどの遊び道具が流されたときは、無理せずに諦める子どもも多いと思います。でもサンダルが流されてしまうと、履くものがなくなって困ってしまう思考が高まります。だから無意識のうちに無理して流されたサンダルを追いかけてしまい、その結果、深みに立ち入ったり流されてしまう子どもが多いのです。流れが穏やかな場所でない限り、流された子どもを助けるのはかなり難しいものです。そして救助する大人が何の準備もないまま飛び込んでも、二次災害の可能性が高まるばかりです。だからこそ、大人も子どももライフジャケットの着用が必要なのです。子どもがライフジャケットを着用していれば、流されても溺死する可能性は低くなります。また万が一、溺れた子どもを救助しなくてはならないことになっても、大人は無防備なまま慌てて飛び込むのではなく、落ち着いて対処したいものです。大人がライフジャケットを着用しておくことは、いざという時に落ち着いて対処するために必要なのです。
出典:河川財団「No More 水難事故2022」水難事故の5W Sheet26
吉川 やはり準備が大事ですね。スポーツサンダルやライフジャケットなど、川の事故を回避するための事前の準備は本当に大切です。浅い場所なら大丈夫、と考える大人も多いと思いますが、子どもたちはじっと一か所に留まっているわけではないですし、何かを拾おうと移動して深みにはまるリスクはありますよね。魚などの生き物に気を取られて、水中の草木や石に足を取られることも考えられるのですが、水の中は自身の目線からは見えにくい、こうした川のリスクは心得ておくべきでしょう。ただ、危険な場所だから「川に遊びに行かない、川は怖い・・・」というだけでは、正しい知識を得ることや自然から学ぶ機会を逃してしまうように感じます。川で自然と触れ合うことは、子どもの成長にはとても有意義だと思います。家族や仲間でキャンプやバーベキューなどをするのも、楽しいですよね。遊びに行くときや水辺で活動をする際には事前に準備ができるわけですから、川に関する情報収集や、大人も子どももライフジャケットを準備するなど、川のリスクに対処できる準備をして遊びに出かけてほしいと思います。「準備しなくても大丈夫だった」というこれまでの自己体験を過信せずに、川では誰もが水難事故に遭うリスクがあるという理解のもと、水辺の活動を楽しんでほしいです。
菅原 私もそう思います。川が流れる日本の自然環境は本当に素晴らしいものです。日本人にとって身近な存在である川をもっと多くの人に楽しんでもらいたいと思っています。だからこそ、「川」というものをきちんと理解しておくことが大切なのです。川で水難事故を起こさないためには、まず事故が起こるメカニズムを知っておく必要があるでしょう。そこで後編では「川の事故のメカニズム」についてお話ししたいと思います。

<後編に続く>

菅原一成さん
公益財団法人河川財団「子どもの水辺サポートセンター」主任研究員。水辺体験活動の普及推進事業や河川・水教育の普及等に取り組みながら、水難事故防止の調査研究にも携わる。川の指導者養成の全国組織「RAC(川に学ぶ体験活動協議会)」トレーナーとしても活動中。
河川財団:https://www.kasen.or.jp
子どもの水辺サポートセンター:https://www.kasen.or.jp/mizube/tabid324.html
吉川優子さん
一般社団法人吉川慎之介記念基金 代表理事。お泊り保育の川遊びの最中に当時5歳だった息子・慎之介くんを川の事故で亡くした経験から、同基金を立ち上げる。さらに「日本子ども安全学会」を発足し、教育現場における安全危機管理について広く勉強会を行っている。
吉川慎之介記念基金:https://shinnosuke0907.net

取材編集:帆足泰子

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